どうなんのん?大阪の水道シンポジウム
~大阪‐近畿‐世界へとつながる水問題~
2012年12月8日(土)に新大阪・コロナホテルにて、NPO法人水策研究所が主催、NPO法人AMネットが共催で、大阪府民・市民をはじめ琵琶湖水系を利用する人々とともに、「大阪の水道を考える」をテーマに、近畿、さらには世界の水事情など、様々な視点を取り入れたシンポジウム「どうなんのん?大阪の水道シンポジウム〜大阪-近畿-世界へとつながる水問題〜」を開催しました。なお、本集会には、趣旨に賛同するたくさんの市民団体から協賛をいただきました。
水政策研究所の三戸理事長より「私たちの生活において1日の始まりは水に触れることから、と言っていいほど、水は当たり前の存在ではないでしょうか。本集会は、そんな当たり前の存在に、今、何が起こっているのか、そして水を持続させるためにはどうすればいいかをテーマとしています。昨今、大阪府・市では水道事業の統合協議が進められていますが、水道現場で働く人でも分からないような協議が行われているばかりです。本日は、市民目線での解説とともに、皆さんと考えるよい機会だと思います。水の問題は360度からじっくり考えていかなければなりません。水は、生活・社会を支える人間の尊厳そのものではないでしょうか」との主催者あいさつで始まりました。
シンポジウムは2部制で進行し、第1部はアクアスフィア代表で水ジャーナリストとして活躍される橋本淳司さんの全体講演、第2部は有識者をはじめ、市民、水道労働者、議員をパネラーに迎えて「水」について様ざまな視点から考え共有するパネルディスカッションが行なわれました。シンポジウムの報告を以下にまとめています。
【第1部】基調講演『地域の水をいかに守るか』
●橋本淳司さん(アクアスフィア代表):
「流域・地下水」「地方型水道」などをキーワードにお話しします。「地下水」は一定の場所に留まっているのではなく、山に降った雨が地下に浸み込み、地下で川のように海へ流れています。これを前提として水問題を考える例として、中国で現在起こっている水不足の問題を取り上げます。下流にある大都市北京の人口増加に伴う地下水利用の増加で、上流の山間部で地下水が枯渇し、地盤沈下が起きています。そして、水を求めた中国資本が世界中に水資源を買い占め始めたことを考えると、日本における「地下水」の認識に注意すべきです。
日本では、「豊富で安定」「安価」「健康的」といったことを理由に、ボトル水メーカーなど企業による地下水利用が急速に増えています。その背景に、日本の土地制度が「誰でも取引が可能」、「所有権が強い」、「地籍(広さ)があいまい」であるなどの点に加え、売却する所有者が多いことから、企業は「土地を買うと地下水が付いてくる」という考えを持っていることが挙げられます。この日本の土地制度の緩さが、外資にまで狙われるという事態に至っています。
近年、こうした事態を受け、地下水保全に自治体が動き出しています。しかし、取水パイプの太さや涵養にまで及ぶ地域がある一方、土地購入後に届け出をさせるだけの地域もあり、自治体によって温度差が激しいのも現状です。いかに保全に努めても、近隣上流地域がボトル水企業を誘致すれば、保全の効果がなくなってしまいます。地下水は目に見えないことから、枯渇などの影響が出たときには手遅れになっています。地下水保全は流域単位で考えなければなりません。
水資源について、地下水保全だけに特化して考えるのではなく、食べ物、森、木、エネルギーも同時に考えてこそ流域が保全できます。その一例として、省エネ型の水道(地方型水道)について紹介します。
日本にはコスト等を理由に未給水地域が全国で2.5%残っており、生活用水に湧水や地下水に頼っています。しかし、天候や災害によって水質が不安定であり、高齢化によって、私設で既存の水道施を維持管理が困難な状況です。このような環境で、住民が主体となって安定した生活用水の確保に取り組んだ3つの地域の事例を紹介します。成功のカギは「維持管理が安価」「高齢者でもできる簡単な作業」であること、さらに、生物浄化を使った「緩速ろ過」による浄水システムを採用したことです。今後、淀川水系においても未給水となる地域が発生した場合に、解決する力を持っていなければなりません。日本の水道は都市型と地方型に2分していくのではないでしょうか。
最後に、持続可能な水道への提言として、水源は「遠低」から「近高」の考えを持つことや、生物浄化の活用、雨水利用などを挙げておきます。安価でできる浄水システムがあることを広く知ってほしいと思います。急速に海に流れ着いた水が雨となり、山へ戻ってきたときは、なるべくゆっくりと海へ帰すことを考えてほしいです。
【第2部】パネルディスカッション
NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)代表理事の佐久間智子さんをコーディネーターに迎え、各パネリストの活動報告や提言を伺うとともに、今後の水道事業のあり方について、ディスカッションを行いました。
< 各パネリストからの発言 >
●山本奈美さん(元TNI/CEOウォータージャスティス・プロジェクト担当、耕し歌ふぁーむ):
「水を住民の手に取り戻す ボリビア・コチャバンバの水戦争を事例に」
コチャバンバでの水戦争映像を見ていただきます。コチャバンバでは雨水すら民営化され、水道代を払わなければ家さえ没収されるまでになり、住民は給与の1/4にもなる水道料金を負担しなければなりませんでした。こんなに多くの水道料金を払ってしまえば、食費や教育費、医療費を払えません。老人が路上で商売をしなければならないほどでした。住民による暴動をきっかけに、コミュニティ組織である「SEMAPA」に水組織を移譲する結果となりました。
この動きは新自由主義に対するオルタナティブと呼ばれています。しかし、それでも民衆には水は届かないまま、SEMAPA内も汚職などあり、貧しい人にとっては状況が変わらない結果でした。
この動きは新自由主義に対するオルタナティブと呼ばれています。しかし、それでも民衆には水は届かないまま、SEMAPA内も汚職などあり、貧しい人にとっては状況が変わらない結果でした。
社会の現在と未来について決定権を持つのは誰なのでしょうか。資源の使い方、人々の暮らしや労働の状況について、私たちこそが私たちの暮らし、家族、友達や同僚を守る運動、そして「民主主義」を持っているべきです。
・今後の水道事業について
淀川の水源である桂川の上流に暮らすようになって、自分たちの口にするものや身に着けるものなど、私たちは社会にある「当たり前」に慣れきっているのではないか、と考えるようになりました。自給自足の生活をしてみて、腐っているとか、子どもに食べさせて大丈夫か、など、動物の本能的な部分を忘れてしまっていることに気が付きました。
水道についても、蛇口をひねれば水が出るという「当たり前」に慣れてしまっています。水がどこから来ているのか、私たち住民も蛇口の向こう側を知り気づくことがあるはずだと思います。
水道についても、蛇口をひねれば水が出るという「当たり前」に慣れてしまっています。水がどこから来ているのか、私たち住民も蛇口の向こう側を知り気づくことがあるはずだと思います。
●村上悟さん(NPO法人碧い琵琶湖代表):
「琵琶湖のせっけん運動は、自立循環の暮らしづくり・まちづくりへ」
滋賀の余呉町という、一番北の町に生まれ、裏の山が水源でした。子どもの頃はここから水を引いて簡易水道で使っていましたが、小学校の頃に水道水になり「味が不味くなった」という原体験があります。
琵琶湖淀川水系には1400万人が水を共同で使い、エネルギーも共同で使う仲間です。滋賀は琵琶湖を中心に農業地帯、山林地帯と同心円状に広がっており、地域の中に上中下流があります。その中で、1970年代の赤潮問題からせっけん運動が始まり、現在の原発を巡るエネルギー問題と同じように「合成洗剤からせっけんに換えましょう」という運動を始めました。せっけん運動は暮らしを見直す運動、私たちが変わる運動であると考えています。他にも、「菜の花プロジェクト(=食とエネルギーの地産地消)」をするなど、遠くからエネルギーを取って地域で使って捨てる、という現在の流れを変えていきたいと考えています。
地域の中で循環する暮らしをどう作っていくのかについて、身近なところでは雨水利用の散水、トイレ、洗濯、台所、大半の生活用水を雨水と再生水で行うことなど、自分たちでできる範囲は自分たちで、大工さんと一緒にやることで技術も身に付くのではないでしょうか。
琵琶湖淀川水系には1400万人が水を共同で使い、エネルギーも共同で使う仲間です。滋賀は琵琶湖を中心に農業地帯、山林地帯と同心円状に広がっており、地域の中に上中下流があります。その中で、1970年代の赤潮問題からせっけん運動が始まり、現在の原発を巡るエネルギー問題と同じように「合成洗剤からせっけんに換えましょう」という運動を始めました。せっけん運動は暮らしを見直す運動、私たちが変わる運動であると考えています。他にも、「菜の花プロジェクト(=食とエネルギーの地産地消)」をするなど、遠くからエネルギーを取って地域で使って捨てる、という現在の流れを変えていきたいと考えています。
地域の中で循環する暮らしをどう作っていくのかについて、身近なところでは雨水利用の散水、トイレ、洗濯、台所、大半の生活用水を雨水と再生水で行うことなど、自分たちでできる範囲は自分たちで、大工さんと一緒にやることで技術も身に付くのではないでしょうか。
・今後の水道事業について
雨水利用を経験された方はいらっしゃるでしょうか。私は、現在の社会において、やってみないで物事を判断するような風潮があるように感じます。それならば、今日参加された水道労働者の方から発信していただき、住民と一緒に水資源や雨水利用を行うことも必要ではないでしょうか。
●島弘一さん(四条畷市会議員):
「水道事業を経験した議員の立場から」
大阪府域水道という形で統合していくのがいいのでは、という検証結果が10年くらい前に出ていました。統合方法は垂直型(市町村が企業団を結成)、水平型(市町村合併型)の2つがありましたが、統合後の料金格差をどうするのかといった課題を急に片づけるのは困難です。したがって、政治的判断で一方的に進めていくのはいかがなものかと思います。水道現場で働く労働者や技術者の合理化が進められると、技術継承できないまま移行していかなければならない問題もあります。
水道は厚生労働省、ペットボトル水は経済産業省など、縦割行政が現状の中で、政治家には水に詳しい人はほとんどいないと言えます。水関係の方がもう少し議員にいれば議論もできるでしょうが、現状では議論ができません。
市民一人ひとりが、自分たちの水を安定して供給できる形になるかどうか、ということを問題です。フィリピンのマニラで、人口800万の都市で水道が民営化され、わずか1年で業者が夜逃げしてしまったという事例もあります。そういうことがあると住民が困るのです。過去の例や他国の様子を見ながら考えていきたいと考えます。
水道は厚生労働省、ペットボトル水は経済産業省など、縦割行政が現状の中で、政治家には水に詳しい人はほとんどいないと言えます。水関係の方がもう少し議員にいれば議論もできるでしょうが、現状では議論ができません。
市民一人ひとりが、自分たちの水を安定して供給できる形になるかどうか、ということを問題です。フィリピンのマニラで、人口800万の都市で水道が民営化され、わずか1年で業者が夜逃げしてしまったという事例もあります。そういうことがあると住民が困るのです。過去の例や他国の様子を見ながら考えていきたいと考えます。
・今後の水道事業について
25年前の水道労働者時代から「蛇口の向こう側を見に行こう」を主旨に、琵琶湖バスツアーをやってきました。琵琶湖から浄水場までの流れを逆流して見に行き、住民を巻き込んだ事業をすることで、水道の成り立ちについて再認識してもらえる、との考えです。地域の方々に自分のところの水道について理解をしてもらうとともに、様々な接点の場は必要と考えます。
●北川雅之さん(NPO法人水政策研究所、大阪市水道局職員):
・大阪の水道事業の現状と統合協議について
大阪市は3つの浄水場を持ち、経営状況は経常黒字ですが、各施設は現在更新時期を迎えています。職員は50代が22%で、20代はほぼ0に近く、技術継承が課題です。水道の府市統合問題について、「企業団に大阪市水道局を統合させる」との橋下市長のマニフェストを出発点とし、府域全体のメリット追求やスリムな組織を目ざす、と検討されています。
しかし、これは統合という結論ありきの協議だと感じます。働く者として思うことは、これから起こり得る地震などへの備えなどができていないのではないか、ということです。危機管理面での視点も踏まえた統合議論も必要ではないか、ということを主張していきたいです。水道料金の必要性についても市民に理解してもらわなければなりません。
命の水、ライフラインとしてどう維持していくのか。住民の意志、参画なしに運営形態を変えていくようなことはあってはならないことです。
しかし、これは統合という結論ありきの協議だと感じます。働く者として思うことは、これから起こり得る地震などへの備えなどができていないのではないか、ということです。危機管理面での視点も踏まえた統合議論も必要ではないか、ということを主張していきたいです。水道料金の必要性についても市民に理解してもらわなければなりません。
命の水、ライフラインとしてどう維持していくのか。住民の意志、参画なしに運営形態を変えていくようなことはあってはならないことです。
・今後の水道事業について
水は私たちにとって、いかに重要なものかを、ビラやインターネットを使いながら訴えてきましたが、蛇口の向こう側を正確に伝える、理解してもらうことは難しいと感じています。水道労働者は、深い茶色に濁った水も綺麗にして届けなければならない使命とともに、世界の循環の中にあるものだということも理解してもらわなくてはなりません。
まずは、水循環基本法を成立させ、国民みんなで水を意識できるようにし、様ざまな角度から法体系の整備や教育などに繋げていきたいです。
まずは、水循環基本法を成立させ、国民みんなで水を意識できるようにし、様ざまな角度から法体系の整備や教育などに繋げていきたいです。
●橋本淳司さん(アクアスフィア代表、水ジャーナリスト):
・水道事業について
水道とは、そもそも何だろうという原点へ立ち返ってもいい時期ではないでしょうか。どこが経営するのか、何を変えていくのか、現状維持なのか、ということを含めてです。技術面では海水を真水に変えることもできるようにまでなってきています。
水道は町づくりで栄えた産業であると考えます。水道は町が広がっているときには安定し、利益も生まれますが、町づくりが終わると安定と維持だけになってしまう。水メジャーの一つであるスエズ社は運河を作り、ヴェオリア社はナポレオン三世に免許をもらった古い会社です。今の仕組みを続ける限り、経営を外部に出さざるを得ないというのは日本でも同じと言えます。拡大していかないと維持できないのは、水道というひとつの産業の宿命となってしまっています。しかし、非常に競争の激しい分野で、しかもこれをやり始めると永遠に拡大していかなければならなくなります。
今の水道事業のあり方でいいのか、別の方向を模索していくのか。水道として新しい何かができるタイミングではないでしょうか。
・今後の水道事業について
水を利用する市民が、水の「消費者」になってしまっているのではないでしょうか。使うだけの立場では求めるのは、安いか、おいしいか、だけです。そもそも水がどのようなプロセスを経て、蛇口に来ているのかを考えなければなりません。原発事故がおきて、エネルギー政策に関心が行ったように、安くない、まずい水もあるんだ、と知っている「水リテラシー」を持った市民を育てなければなりません。
私は「アクアマスター」と呼んでいますが、自分で水を確保できる市民を育てることと同時に、水道労働者の方には、高エネルギー・高コストの浄水技術を上げるよりも、原水を綺麗にして届けることもこれから求められるのではないでしょうか。水道の新しい展開に期待しています。
< 会場参加者との質疑応答 >
○質問1:
集合住宅等、都市化された現代の住環境において、雨水利用はどのようにすればいいか。
●村上悟さん:
集合住宅も市民出資で作って良ければそういうこともできます。都市の中では個々人ばらばらの暮らしになってしまっていますが、自分たちが持っている資産を持ち寄って変えていくことができるのではないでしょうか。仲間がいることは大事です。自分たちが決めていくためにも。
○質問2:
流域の食べ物とエネルギーを考えたときに、トウモロコシなどに矮小化するのはもったいないと考えている。アメリカの国家予算の16%が食品加工に使われ、そのために国内淡水の8割を使っている。食品加工に水とエネルギーを使っている。中国のエネルギーと水を使っているのは日本の企業であり、消費しているのは日本の国民。水を大事に使っても、食べ物を外から入れるようでは改善されていかないのではないか。
●橋本淳司さん:
その通り。食べ物も流域内で作って循環させていくことが大事です。
●佐久間智子さん:
今の市場における経済ではそういうことができなくなってしまいました。志ある人たちがやってはいるが、大きな流れは価格によって決まっています。そういうことができなくなった根本にあるのが貿易自由化や産業格差です。家畜の工業化なども。今の貿易ルールがある限りは、ものすごく志のある人の努力でやっている部分がある。根底のところをどうやってひっくり返したらいいか、ということを考えていかねばならないだろうと思います。
●山本奈美さん:
流域内で食べ物や水を摂取する人と作る人が繋がっていくこと、安心して飲める水、食べられる食べものを作っていくことが必要です。耕し歌ふぁーむのお野菜もありますのでぜひどうぞ。
○質問3:
「自分たちで自分たちの決定権を持つ」、「決定権を近づける」と考えたときに、私たちの決定権を近づけるためには、どういうことができるのか。水道側でどういう受け皿をやっていけるか。
●島弘一さん:
結果として過剰サービスをしてしまっているのが現状です。国から権限移譲されるものがあるが、金も人も来ず仕事ばかりが降ってきている。「家の前の溝が詰まっている」といって、市役所に電話する人もいるほどです。「自分でして解決してほしい」と言いたくなりますが、そうもいかないジレンマがあります。水道も30年前は不安定で、汲み置きしていた頃もあります。今は「水が止まったらいかん」と言われるので、自家発電を持って停電でもできるようにしています。過剰サービスを求められているところも含めて、市民と話し合いができる場を持つことが大事だと感じました。
●北川雅之さん:
「公共」というものを適切に理解している議員を増やしていきたいです。水道や水循環について理解している議員は少ないと思います。そういう考えを持った人を増やしていく取り組みをしなければなりません。蛇口から水が出ることは当たり前のことではないですが、短期的なことばかりを考えていてもいけないと思います。雨がいつも降るとは限らないし、琵琶湖が汚染されないとも言いきれません。「命の水」というところで様々な観点をもっと多くの議員に持ってもらう、持った人を増やしていくことをしていかねばならないでしょう。
●村上悟さん:
水道局の人が、学校や地域で河川防災についてお話を続けていくと、単なる「行政の人」だけではなく「行政にいる市民側の人」というように変わっていきます。住民への説明で得た経験を行政の中に持ち帰っていくことも大事ではないでしょうか。
●山本奈美さん:
「決定権」という名前のものから想像するものを住民が持っている地域はほとんどないのではないでしょうか。住民の公聴会のような形の「場の用意」くらいにしかならないという懸念もあります。ボリビアの話で参考になると思ったのは、「決定権とは議論をする場に入ることだ」という話です。対話することが一番で、目に見えた形にはならなくてもそうしたことを重ねていくことをしなければならない、と感じています。
●橋本淳司さん:
決定の機会は実は多いのでは、と感じています。水道事業委託の市民会議という場がよくあって、水道事業者が委託企業を選ぶときに市民が議論に参加しています。しかし、そこで何を聞いたらいいか、どう評価したらいいかが分からない人が多い。市民の代表たる議員でも、何を選択肢として決めていけばいいかわからない場面も多いでしょう。まさに水リテラシーをもっておくことが、そうした場を活かすことになります。
イギリスには「オフワット(OFWAT)」という水事業の民営化を監査する組織がある。日本の場合はそういう監査組織もなく、どういう方針で民間委託するのか、という指針もありません。それがないままの民営化の議論は難しいのではないでしょうか。
●佐久間智子さん:
民営化されてしまえば議会からも離れ、「企業秘密」を楯に民主主義からは離れてしまうのでは、という懸念はあります。
水道局も委員会を設けて「学識経験者」を選び、議事録も公開しています。しかし、ニュー・パブリック・マネージメントのような新自由主義的な議論やコストを下げるためにはなんでもやれ、という議論が学識経験者から出されていて、それをもって市民参加とされています。また、市民参加になっていても、ほとんど決める部分が無いところもあります。
奈良県では水道料金が逓増制ではなく、たくさん使う人が安くなるようになったそうです。そうであれば、公営の意味がないのではないでしょうか。ちょっとしか使わない層、つまり貧しい層の負担を減らすことをしていかないといけないのではないでしょうか。
<以上>